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教育現場を『テセウスの船』のパラドックスから考えてみた。(ネタバレなし)

最近になって、やっとゆとりができてきたので、撮りだめしておいたドラマ『テセウスの船』を見始めました。

『テセウスの船』ってどんな船なのかと思っていたのですが、どうやらあるパラドックスのことを指すようです。

『テセウスの船』のパラドックスとは

テセウスの船(テセウスのふね、英: Ship of Theseus)はパラドックスの1つであり、テセウスのパラドックスとも呼ばれる。ある物体(オブジェクト)の全ての構成要素(部品)が置き換えられたとき、基本的に同じであると言える(同一性=アイデンティティ)のか、という問題である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/テセウスの船

例えば、音楽グループやアイドルグループなどはメンバー脱退やメンバー変更が起こることがありますが、それでもグループは多くの場合、そのまま続いていきます。

しかし、その新しいグループは同じグループであると言えるのでしょうか。

大切なのは普遍的な価値を生み出すということ

学校で仕事をしていてこのようなことを考えたことがあります。

この学校が創られた当初のメンバーは今だれも、この学校にいない。

学校はどのように変容していったのか、あるいは変わらなかったのか。

学校では生徒は3年、教師は長い人でも10年くらいで転出になります。

そう考えると、同じ構成員が永遠にその現場に関わることはないわけです。

そこで大切になってくるのは、やはりその学校の「普遍的な価値」を追求することではないでしょうか。

人が変わってもも、その学校は変わらない。

そのような普遍的なものを考えるのは難しいですが、おそらくそれを追求することが教育の1つの価値と言えるのではないでしょうあ。